2020-06-03 / 最終更新日時 : 2020-06-01 タオ 禅と書のつながり 良寛さんの書「天上大風」(4) 4.自叙帖も臨書していた良寛 良寛は、懐素の「自叙帖」も臨書していたことが知られています。懐素は張旭とともに、「張顚素狂」と称され、狂草で知られた僧侶です。二人は共に酒酔に乗じて奔放に書作しました。長沙に居住し、草書の天 […]
2020-06-02 / 最終更新日時 : 2020-06-01 タオ 禅と書のつながり 良寛さんの書「天上大風」(3) 3.秋萩帖は誰が書いたの?「秋萩帖」は巻頭の「あきはぎのしたばいろづく・・・」の一首の書出しにちなんで、この名で呼ばれています。第一紙は薄藍色の漉き紙に和歌二首を書写しています。 「秋萩帖」を納めた箱の蓋表に「野跡」と霊 […]
2020-06-01 / 最終更新日時 : 2020-06-01 タオ 禅と書のつながり 良寛さんの書「天上大風」(2) 2. 良寛は「秋萩帖」を学んだ 上記は、良寛さんが臨書をして学んだと言われる「秋萩帖」を臨書したものです。釈文:「あきはぎのしたばい(ろ) づくいまよりそひ とりあるひとの いねがてにする なきわたるか […]
2020-05-31 / 最終更新日時 : 2020-05-31 タオ 禅と書のつながり 良寛さんの書「天上大風」(1) 良寛さんが凧に書いた? 良寛(1758〜1831)は江戸時代後期の禅僧、歌人です。越後國出雲崎の生まれで、諸国行脚の後、帰郷して国上山の五合庵などに住み、村の童子たちと親しくしました。号は、大愚、脱俗生活を送り、書、漢詩 […]
2020-05-30 / 最終更新日時 : 2020-05-30 タオ 漂泊の想い 能因や西行への憧憬「奥の細道」(5) 5. 芭蕉の俳諧に対する考え 釈文:「うしなふ事なかれ。猶古 人の跡をもとめず、古人の求 めたる所をもとめよと、南山 大師の筆の道にも見えたり」*① 芭蕉は、弟子の許六に贈った離別の手紙の中で、空海(諡 […]
2020-05-29 / 最終更新日時 : 2020-05-29 タオ 漂泊の想い 能因や西行への憧憬「奥の細道」(4) 4. 根底には蘇東坡の詩 「奥の細道」の象潟行で「雨も又奇」と書いた芭蕉の脳裏には、上記の蘇東坡の漢詩があったと思われます。 「飲湖上初晴後雨」 水光瀲灔晴方好 山色空濛雨亦奇 欲把西湖比西子 淡 […]
2020-05-28 / 最終更新日時 : 2020-05-28 タオ 漂泊の想い 能因や西行への憧憬「奥の細道」(3) 3.象潟はうらむがごとし 芭蕉は蘇東坡の漢詩を思い起こし、句を詠みます。釈文「江上に御陵あり。神功后宮の御墓と云。寺を干満珠寺と云。この処に御幸ありし事、いまだきかず。いかなる故ある事にや。 此寺の方丈に坐して、簾を捲け […]
2020-05-27 / 最終更新日時 : 2020-05-25 タオ 漂泊の想い 能因や西行への憧憬「奥の細道」(2) 2.能因島へ 芭蕉は能因島を訪れますが、その地に三年幽居したといわれる能因とは、いかなる人物だったのしょうか。能因法師は永延二年(988)生まれと推定され、藤原長能に師事し、和歌を学び奥州に二度行脚をしています。 これま […]
2020-05-26 / 最終更新日時 : 2020-05-25 タオ 漂泊の想い 能因や西行への憧憬「奥の細道」(1) 1.雨も又、奇なり 六月十五日芭蕉と曽良は酒田から象潟は出発した。釈文:江山水陸の風光、数を尽して、今、象潟に方寸を責む。 坂田の港より、東北の方、山を越え磯をつたひ、いさごを踏て、 其際十里、日影やゝかたぶく比 […]
2020-05-25 / 最終更新日時 : 2020-05-25 タオ 漂泊の想い 俳諧と俳句「さみだれを」から(5) 5.「さみだれ」はどのように書かれていたか 上記は西行の和歌を集めた自撰集です。西行の自筆と伝えられているものの、定かではありません。ただ、軽快でリズミカルな運筆が心地よい歌集です。 釈文:「さみだれのはれまもみえぬくも […]