資盛は蔵人頭に任ぜられたものの(2)建礼門院右京大夫集から
2.お会いすることも憚られ
「あたりなりし人も、『あいなきことなり』などいふこともありて、
さらにまたありしよりけに忍びなどして」
選字は、「阿多利那里し人裳あい奈きこ
度な利奈登い布こと毛阿り天さら
にま多あ利しより遣耳忍日なと
し傳」
現代語にすると、「周りの人も(二人の仲を)『好ましくないことだ』
などど言うこともあって、さらにまた前より人目を忍んで」
鑑賞:資盛の正妻は藤原基家中納言の女でしたから、人目を忍んで逢瀬を
重ねることは憚られることだったと思われます。
参考文献:建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江校注 新潮社