維盛様の最期を聞いて昔を懐かしむ(1)建礼門院右京大夫から

1.熊野の那智にて

建礼門院門院右京大夫集 祥香書

維盛が那智で身を投げて果てたと聞き、
 「また、『維盛の三位中将、熊野にて身を投げて』とて、人のいひあはれが りし。いづれも、今の世を見聞くにも、げにすぐれたりしなど」

選字は、「ま多維盛の三位中将熊野にて身を
     投希てと傳人のい日あ者れ可里し

     い徒連も今能世を見き久爾裳介二 
     須久麗多り志奈と」

大意は、「維盛の三位中将が熊野で身を投げて果てられたそうだ、と人が噂をし、哀れだといっていました。平家の公達のどなたもが今の世の人々を見回したとしても本当に優れているお方だった」

維盛は、屋島の軍陣を抜け出し、高野山にてかねて懇意の僧侶に頼み、出家した後、入水しました。身を清めてからの入水は浄土への思いからでしょう。

 参考文献:建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江校注 新潮社