秋の虫の音も愁いを帯びて(1)建礼門院右京大夫集
1.きりぎりすはコオロギと呼ばれていた
恋などするまいと固く心に決めていたのに、不意をつくようにして、建礼門院右京大夫の気持ちをとらえたお方は、平資盛と言われています。
これまでは、華やかな宮中の暮らしに生き生きとした描写を続けてきましたが、
想いを寄せる相手へ届かないことから、愁いが増していきます。恋の行方が気になるところですが、秋の訪れも、虫の音も作者の琴線に触れたことでしょう。
「秋の暮、御座のあたりに鳴きしきりぎりすの、こゑなくなりて、
ほかにはきこゆるに」
「御座」(おまし)とは、天皇または貴人の日常いらっしゃるところで、寝所にもなります。
「きりぎりす」とはこおろぎのことで、当時はそう呼びました。
用字は、「秋のくれ御座のあ多里に奈
きし支利ゝゝ春農こゑ那
久なりてほ可璽盤き故ゆる二」
現代語にすると、「秋の暮に、中宮様の寝所の近くで鳴いていたこおろぎの声が聞こえなくなって、他では聞こえたものですから」
参考文献:建礼門院右京大夫集 新潮社