能因や西行への憧憬「奥の細道」(5)

5. 芭蕉の俳諧に対する考え

芭蕉筆 許六離別詞 抜粋  柿衛文庫蔵  祥香臨

釈文:「うしなふ事なかれ。猶古
    人の跡をもとめず、古人の求
    めたる所をもとめよと、南山
    大師の筆の道にも見えたり」*①

芭蕉は、弟子の許六に贈った離別の手紙の中で、空海(諡名:弘法大師)の「性霊集」の一節を引用して、自分の考えを述べています。昔の人の跡を追うのではなくて、古の人が
そのときに求めたところを追求していきなさい、と言っています。

空海は、王羲之書法をよく学んで、自家薬量中のものとした不世出の書家としても知られています。空海が唐を訪れた当時、顔真卿は没していましたが、その影響は多大であったと思われます。その筆法は学びながら、古法を守り規矩を外さず、日本的情趣を取り入れた書を大成したといわれています。

そうした弘法大師の教えを、弟子の許六に餞別として贈った離別の言葉には芭蕉の俳諧に対する信念が窺えます。これまで見てきたように、西行や能因法師、杜甫といった漂泊の詩人たちに寄せる想いがありました。

一方で、自らの新風を起こすべく、これまでの「貞門風」や「談林風」を学びながらも、
そこから脱して「蕉風俳諧」を完成させていく過程に相通ずるものがあったのでしょう。

「自筆奥の細道」からも、特に俳諧の記述は、仮名よりも漢字を多用して情景を際立せ、歌枕の余韻を感じさせる構成となっていました。書作の時には、作者の意図や、歌の成立過程に思いを致す事も大切な事でしょう。

                 *出典:墨 234号 根来尚子(柿衛文庫学芸員)