能因や西行への憧憬「奥の細道」(4)

4. 根底には蘇東坡の詩

「奥の細道」の象潟行で「雨も又奇」と書いた芭蕉の脳裏には、上記の蘇東坡の漢詩があったと思われます。

   「飲湖上初晴後雨」

   水光瀲灔晴方好
   山色空濛雨亦奇
   欲把西湖比西子
   淡粧濃抹総相宣 *①

こちらは、蘇軾(蘇東坡)が三十七歳の時、杭州に副知事として在任中に作られました。二首連作の第二首、古来西湖(浙江省杭州市西)の優美さを巧みに表現した作としてよく知られています。

前半の二句は対句で、山と水、晴と雨の景を対照的に描き、どちらも「好」「奇」として、晴れていても雨が降っていても、眺めがよいと詠っています。

後半は、当地出身の美女西施(西子)を引いて西湖の美しさを表現しています。
湖と女性という、異なる美を対比させる着想は珍しく、おもしろみがあります。

芭蕉が、「象潟」の風景を「松島」と対比させ、「西施」を「ねぶの花」に見立てたのは、蘇軾の影響があったのでしょう。こうした対比法ともいえる技法は漢詩によく見られます。芭蕉は漢詩の素養があったので、関連づけることができたと思われます。

そして、新風を俳諧の世界に吹き込もうとして、香りをつけたのではないでしょうか。

              *出典:① 書で味わう漢詩の世界 石川忠久