2025-12-21 / 最終更新日時 : 2025-12-21 タオ 国宝の書 藤原佐理書状(4)離洛状を臨書して 4.動静釈文:「未承動静」鑑賞:前字「後」の広い懐の下に「未」を穏やかに運筆し、終画では筆を開き字幅をとる。末尾には「承」を味わい深く添えている。 「二行目の行頭は渇筆で軽やかながら、キリッとした運筆が心地よい。「動」を […]
2025-12-20 / 最終更新日時 : 2025-12-20 タオ 国宝の書 藤原佐理書状(3)離洛帖を臨書して 3.謹言釈文:「謹言離洛之後」鑑賞:「謹」言偏は一息で書かずに折れ曲がる向きと方向に味わいがある。旁も軽く受け終画は筆尾開いて収める。 「言」上と対照的に小さく始まる。線と点の動きで軽やかさが生まれている。 「離」偏は潤 […]
2025-12-19 / 最終更新日時 : 2025-12-19 タオ 国宝の書 藤原佐理書状(2)離洛状を臨書して 2.佐理とは藤原佐理(944〜98)は、小野道風・藤原行成とともに、『三蹟』として名が知られる能書家である。平安初期において空海・嵯峨天皇・橘逸勢の『三筆』に次いで平安中期に活躍した。 『三蹟』の功績は和様書道の確立であ […]
2025-12-18 / 最終更新日時 : 2025-12-18 タオ 国宝の書 藤原佐理書状(1)離洛帖を臨書して 1.離洛帖とは「離洛・・」に始まる書状。正暦二年(991)の正月二十七日、春の除目で佐理は太宰大弐に任ぜられた。太宰府の地に置かれた対外および九州の総管府として重視された役所の次官として赴任する予定だった。 四月二十六日 […]
2025-12-17 / 最終更新日時 : 2025-12-17 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(7)金沢本万葉集から 7.人ことを原文は「人事乎繁美許知痛美己母世爾未渡 朝川渡」 書き下し文は「 人事乎(ひとことを)繁美許知痛美(しげみにいたみ) 己母世爾(おのかに) 朝川渡(あさかわわたる)」 歌意は「世間の噂がはげしいので、生涯で渡 […]
2025-12-16 / 最終更新日時 : 2025-12-17 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(6)金沢本万葉集から 6.ひそかに逢ひ原文:「但馬皇女在高市皇子宮付窃接穂積皇子 事既形而御作歌一首」 書き下し文は「但馬皇女、高市皇子の宮に在す時、窃かに穂積皇子に接ひ、事すでに穂積皇子にあひ、事すでにあらはれてのち、作りませる。」 参考文 […]
2025-12-15 / 最終更新日時 : 2025-12-17 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(5)金沢本万葉集から 5.おくれゐて選字は「於久れゐてこひつヽあらすは於ひゆ可無 みちの久まわ爾志めゆつ利わ可せ」 鑑賞:但馬皇女が志賀の山寺に遣わされた穂積皇子の後を追いかければ、事は重大になることは明らかだろう。それを押し切って行こうとす […]
2025-12-14 / 最終更新日時 : 2025-12-17 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(4)金沢本万葉集から 4.遣居而原文:「遣居而恋管不有者追及武道之阿廻爾 標結吾勢」 書き下し文は「遣居而(おくれゐて)恋管不有者(こひつヽあらずは)追及武(おひゆ可無)道之阿廻爾(みちのくまわにし)標結吾勢(めゆへりわがせ)」 歌意は「ここ […]
2025-12-13 / 最終更新日時 : 2025-12-17 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(3)金沢本万葉集から 3.天智天皇より山寺へ原文:「勅穂積皇子遣近江志賀山寺但馬皇女御作歌一首」 書き下し文は「穂積皇子に勅して近江の滋賀の山寺に遣(つか)はす時但馬皇女の作りましし歌一首」 語釈:「志賀の山寺」『扶桑略記』によると崇福寺を指 […]
2025-12-12 / 最終更新日時 : 2025-12-15 タオ 万葉集を味わう 穂積皇子と但馬皇女との悲恋(2)金沢本万葉集から 2.穂向けのかなの選字は「あ支能多の本むけのよする可たよ利耳 き見爾よ利那こと可たうと无」 鑑賞:「穂向け」稲の穂が実って、それぞれの方向を向くことを指す。「ことたかりとも」世間でさまざまに噂になってもかまわない。 但馬 […]