わずかな移り香も(5)建礼門院右京大夫集を書く
5.恋の形見に
かつて、木枕という木製の枕の上に籾殻などを入れた布製の小枕をのせ、それをおおう紙を敷いていました。その紙が涙で色褪せてしまったので、
「うつり香も おつる涙に すすがれて
かたみにすべき 色だにもなし」
選字は、「う徒里可も於つる難三多耳春ヽか連
亭可た見爾春遍きい路多二もなし」
歌意は、「あの人のわずかに残っていた移り香も、私の涙で流されてしまいました。思い出の枕紙も色あせて、せめて恋の形見にと思っていたのに、今は何も残っていないのです。」
枕紙を恋の記念に、思い出として大切にしておきたかったという、作者の一途な思いが詰まった歌であると思います。枕紙の色が縹色であることも、声に出してみると、華やかな情景が浮かび切ない場面です。
参考文献:建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江校注 新潮社