何も思いわずらうことがない(1)酒徳頌から

1.そのとき大人先生は

酒徳頌巻 董其昌 祥香臨

これまで、礼儀を重んずる礼教の高貴有徳である若者たちが、袖を振るい、口角沫をとばして議論する様子が描かれてきました。
さて、当の大人先生はというと、

先生于
 是方棒かめ承槽」

読み下し文は、「先生是において方にかめを捧げ槽(おけ)を承け」
「于是」:その時
「方」:おりしも

「槽」:酒などを入れるおけ。
現代語にすると、「そのとき先生は、おりしも酒がめをささげ持ち、酒おけに受け」*①

ここでは、一行目の「先生于」の「于」長く伸びやかに左へと運ばれた筆線が注目です。きりきりと筆を緩ませる事なく捻り、また直筆に戻して繰り出す書線のたおやかさは柳のようです。

ともすると、開いた筆はそのままになってしまったり、閉じたままになる事があります。しかし、董其昌は決して曖昧にせず、筆まかせに運筆はしていません。

 出典:*① 漢詩と名蹟  鷲野正明 二玄社