「琴ひけ」と言われ建礼門院右京大夫は(5)

5.見事な返し歌

建礼門院右京大夫集  祥香書

いよいよシーンは佳境に入ります。琵琶の名手である頭中将実宗が、「琴ひけ」と言われ、文をよこします。
 「松風の響きもそへぬひとりごとは さのみつれなき音をやつくさむ」

「つれなき」は、連れ、合奏ができない意です。それに対して、

 「世のつねの松風ならば
  いかばかりあかぬしらべに
  音もかはさまし」

歌意:せめて人並みの琴の音ならば、どれほどか興のつきないあなたの調べに
   合奏もいたしましょうものを*①

建礼門院右京大夫は見事に体をかわして、頭中将実宗の誘いから逃げています。
当時、随一の琵琶の名手の合奏の申し出は、文の和歌で語られています。建礼門院右京大夫は、母が箏弾きとして著名であり、祖父は笛の名人でした。

そうした背景があり、お誘いがあったのでしょう。遠慮深く、お断りするさりげない返し歌で、建礼門院右京大夫の才媛ぶりが窺えるエピソードです。

  *出典:建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江校注