鎌倉にて道元が詠む(2)

2.やはり深山幽谷はよきかな

「尋ね入る深山の奥の里ぞもと
   わがすみなれし都なりける」

  尋ねいる
    美やまの
   おくの沙と處
       毛登

  わ可須三
    那連しみ
   夜こ奈里
     け類

鎌倉へ出向き、説法する中で越前に帰らずに、ここ鎌倉で布教活動を続けてはどうか、と誘いを受けたのではないだろうか。それに対して、道元が詠む和歌が答えとなっているのでしょう。

如浄禅師から、権力から離れ、辺鄙な地のおいて布教活動をされるがよいと助言を受けていた道元は、やはり越前の山深い永平寺こそ自らの定めた都であると詠んだのです。

                参考文献:道元の和歌 松本章男