宮仕へがなつかしく(5)建礼門院右京大夫集を書いて

5.遠いときの彼方へ

建礼門院右京大夫集 祥香書

恋しく思い出すのは、宮中での琴や笛の演奏です。作者は、琴の名手であったと言われていたのでことのほか、思いが募るのでしょう。

 「をりをりの その笛竹の おとたえて
  すさびしことの 行方しられず


選字は、「越里をりの所の布三た介農音多
     盈弖須さ日しこ登の遊久へ志ら寸」

歌意は、花や月を愛でる折ごとに、奏されていた笛の音も聞こえなくなり、私が琴を合わせて楽しんだことも今では遠いでき事のように彼方へ行ってしまいました。

あたかも、映像のワンシーンのように、ポツンと置かれた琴にカメラが寄り、うっすらとつもる塵が陽に透けて見える。右京大夫の空想は、かつて過ごした中宮の御所です。宮人たちが、各々の得意な楽器を手にとり奏し、歌を詠んでいます。引いて、一人残された作者の姿が映されるのです。

 参考文献:建礼門院右京大夫集 糸賀きみ江 新潮社