「蝉の聲」にみる芭蕉俳諧の歩み(5)

5.新しい風
藤原俊成は、歌論書『古来風対抄』の中で、幽玄体を概ね理想とし、「艶」「あはれ」
などの複合美で哀愁感や、寂寥感を基調とした耽美的境地としています。中世文芸へ大きな影響を与えました。

「余情」とは一首の和歌において、その意味の他に言外にあらわれる情趣や気分です。
藤原俊成・定家は詩的言語に特有な機能として認識し、その理由を意味・韻律に伴う
映像の効果であるとし、技法化して「余情美」を作り上げました。*①

こうして、世阿弥の「夢幻能」にも影響を及ぼしたと思われます。
「夢幻能」とは、旅人や僧が夢幻のうちに故人の霊や神・鬼・物の精などの姿に接し、
その懐旧談を聞き、舞などを見るという筋立ての能です。*②

芭蕉は、「風流」を新しい考えとして蕉風俳諧を立ち上げました。それは、平安時代後期において和歌に持ち込まれた新しい「幽玄」や「余情」の解釈に重なってきます。

芭蕉にとっては、ことば遊びや句の解釈によって楽しむだけでは、飽き足らずに新しい何かを求めていたのでしょう。そこで、「不易」という過去にも学びながら「流行」で新味を出す必要があったのではないでしょうか。

現在と過去を行き来する芭蕉の俳諧は、「余情美」にも通ずる映像的な効果があると思われます。

「蝉」を生かしながら、長く伸ばした「之」に選字を変えて新しく書いています。
      「志徒可さや
    岩爾之三い流
       蝉のこゑ」
     
             *出典:① 和歌の解釈と鑑賞事典 井上宗雄他
                 ②広辞苑